エンジニアのための音楽用語入門
このページは、ドキュメント全体で使う音楽用語を最初に定義します。コードやデータ構造は読めるが、五線譜や音楽理論には慣れていない読者を前提にしています。
このページの読み方
楽曲を、時間軸に沿って並ぶ複数のストリームだと考えてください。声部は一つの音のストリームです。和音は、複数のストリームが同時に鳴った瞬間の縦方向のスナップショットです。対位法の多くの規則は「ストリームが独立しているか」と「縦の響きが安定しているか」を見ます。
考え方の対応表
| 音楽用語 | エンジニア向けの対応 | 資料内で出る場所 |
|---|---|---|
| 声部 | 時系列ストリーム | events.tracks の1トラック |
| 小節 | 固定幅の時間窓 | total_bars、targetBars |
| 拍 | 小節内の小さいクロック | 検証器の強拍/弱拍チェック |
| 強拍 | 時間窓の境界 — 厳密に検査される | strong_beat_dissonance、vertical_dissonance |
| 和音 | ある時点の縦方向の状態 | 和声プラン、和声音チェック |
| 形式 | テンプレートまたは状態機械 | form、声部数、拍子、基準長 |
| 素材 | immutable または半固定の入力データ | source: "material" |
| 装飾 | 後処理で足される飾り | source: "ornament" |
::: info検証器の基本的な問い 多くの局所ルールで検証器が見るのは、どの声部が鳴っているか、そこでどんな音程や和音ができているか、その拍で許される状況か、の三点です。コースの譜例は、この三点を図示するためのものです。 :::
譜例の読み方
コースの譜例はすべて、二段の小さなスコアです。五線譜が読めなくても、次の5点だけ押さえれば読めます。
- 縦の位置は音の高さ。 五線の上に行くほど高い音です。上の段が高い声部、下の段が低い声部です。
- 左から右が時間。 縦に揃った音は同時に鳴ります。この縦のペアが、音程ルールの検査対象です。
- 音符の形は長さ。 白い玉だけなら全音符、白い玉に棒が付けば2分音符、黒い玉は4分音符、旗や連桁が付けば8分音符です。
- 音符の前の記号は高さの補正。 シャープ(♯)は半音上げ、フラット(♭)は半音下げ、ナチュラル(♮)は変化の取り消しです。
- 色とマークは分析であって音ではありません。 赤は違反、琥珀色は条件付き・限定的に許される響き、緑は正しい解決です。丸・枠・矢印・括弧は、検証器が見ている場所を示します。
| 音価 | 拍数(4/4 で) | イベント JSON では |
|---|---|---|
| 全音符 | 4 | duration: 1920 |
| 2分音符 | 2 | duration: 960 |
| 4分音符 | 1 | duration: 480 |
| 8分音符 | 1/2 | duration: 240 |
タイは、同じ高さの二つの音符を結ぶ弧線で、境界をまたいで一つの音として鳴らし続けることを意味します。掛留(コース第3章)はこのタイが前提です — 下の和声が変わる間、音が保持し越されるのが掛留です。
音、拍、小節
音は高さと長さを持ちます。MIDI Sketch Bach のイベント JSON では、これは pitch、start_tick、duration になります。
拍は音楽の規則的な脈です。小節は拍を決まった個数でまとめた単位で、その個数を決めるのが拍子です。4/4 は1小節に4分音符の拍が4つ、3/4 は3つあることを意味します。エンジンは4分音符1拍を 480 tick で刻むので、4/4 の1小節は 1920 tick、3/4 は 1440 tick です。
強拍と弱拍
小節の中の拍は対等ではありません。各小節の最初の拍 — 小節頭(ダウンビート) — は他の拍より構造的に強く感じられ、聴き手はそこで和声が安定していることを期待します。再生しながら数えてみてください。
検証器のモデルは意図的に二値で、実装は剰余演算1行です。
// rule_helpers.cpp — すべての強拍ルールが参照する述語
bool isStrongBeat(Tick tick, Tick ticks_per_bar) {
return (tick % ticks_per_bar) == 0;
}小節の先頭に当たる tick が強拍、それ以外 — 2拍目・3拍目・4拍目も、拍と拍の間も — はすべて弱拍です。(演奏家は 4/4 の3拍目に中強拍を感じるなど、より細かい階層で捉えますが、検証器にはこの二値で足ります。)
ルールがこの区別を使う理由:
- 強拍は安定を要求します。 小節頭に生成される音はその時点の和音に属さなければならず、同時に鳴る声部ペアは協和音程を作らなければなりません(第3章)。
- 弱拍は通過する緊張を許します。 小節頭と小節頭の間の不協和は、安定点から安定点への移動の途中として聞けます。経過音や刺繍音はまさにそれです。
- 強拍だけを見るルールもあります。
fourth_only_on_weak_beatやinvertible_at_octaveはチェックポイントだけを検査し、その間の通り道は見ません。
声部
声部は、歌か楽器かに関係なく、独立した一つの旋律線です。3声のフーガには、同時に進む3本の線があります。MIDI Sketch Bach では、各声部が個別のMIDI トラックとして出力されます。
声部と楽器は別物
オルガンは一つの楽器で3声を同時に弾けます。独奏チェロでも、低い音域と高い音域を行き来することで複数の声部を暗示できます。この資料では、音楽上の線を声部、再生音色を楽器と呼び分けます。
コースでは上声部と外声という言い方も出てきます。最も低い声部がバスで、その上にある声部はすべて上声部です。外声は最高声部と最低声部のことです。聴き手が最も追いやすい二本の線なので、終止のルールは特に外声を検査します。
音高、調、スケール
音高は C、D、E のような音の高さです。二つの音高の最小の距離が半音で、MIDI 番号の 1 に相当します。半音二つ分が全音です。オクターヴは半音12個分で、オクターヴ違いの音は同じ音名を持ちます。pitch % 12 がピッチクラス — オクターヴ情報を取り除いた音名の同一性 — で、検証器の多くの検査はピッチクラス単位で行われます。
調は音楽上の中心です。ハ長調なら C が帰る場所のように聞こえ、ニ短調なら D が短調の中心として聞こえます。
調の名前は二つの部分からできています。中心となる音(主音)と、長調か短調かです。長短の違いは、スケールが主音から登るときの全音(W)と半音(H)の並びです。まず長調を再生して、2か所だけある半音の位置を確かめてください:
短調は、同じ7ステップを別の並びに組み替えたものです:
長調 W W H W W W H → ハ長調: C D E F G A B
短調 W H W W H W W → イ短調: A B C D E F G構造上の違いはこの並びだけですが、長調は明るく安定して、短調は暗く緊張して聞こえます。同じ主音の上で長調→短調と続けて鳴らすと、違いがそのまま聴き取れます:
上のパターン表のハ長調とイ短調は同じ7音を使い、帰る場所だけが違います — このような対を平行調と呼びます(第6章のフーガの転調で登場します)。12のピッチクラスのどれもが主音になれて、それぞれに長調と短調があるので、調は全部で24個です。MIDI Sketch Bach はそのすべてで生成できます(JavaScript API では key と isMinor、CLI では c_major / d_minor 形式の値)。五線譜上では、調は各段の先頭に並ぶシャープやフラット — 調号 — で宣言され、音符ごとに変化記号を繰り返さずに済むようになっています。
日本語の調名 — ハ長調 = C major
日本語の調名は、音名 C〜B をハニホヘトイロで読み替えたものです。
| 音名 | C | D | E | F | G | A | B |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 日本語 | ハ | ニ | ホ | ヘ | ト | イ | ロ |
「ハ長調」は C major(c_major)、「ニ短調」は D minor(d_minor)です。シャープには「嬰(えい)」、フラットには「変(へん)」を付けます — 嬰ヘ短調 = F♯ minor、変ロ長調 = B♭ major。この資料では、BWV 作品名など慣用的な文脈では日本語調名(「小フーガ ト短調」= G minor)を、API・CLI の値では英語由来の表記を使います。
実際の短調は一つの固定スケールではありません。対位法では導音を作るために第7音度を半音上げるのが常套手段で(和声的短音階)、旋律では上行時に第6・第7音度を上げ、下行時に元へ戻します(旋律的短音階)。検証器がこれをどう扱うかは第4章で説明します。
スケールは、その中心の周りで使う音の並びで、上の2パターンがバロックの基本形です。ただし MIDI Sketch Bach の API で scale と言う場合は、長さ倍率(short、medium、long、full)の意味です。音楽上の調は key で指定します。
音度(スケール・ディグリー)
スケール内の位置は主音から数えて番号が付きます — スケール配列への1始まりのインデックスです。各音度には名前があり、特に二つの音度には検証器が強制する義務があります。
| 音度 | 名前 | ハ長調では | 役割 |
|---|---|---|---|
| 1 | 主音 | C | 帰る場所 — フレーズはここで終わりたがります。 |
| 2 | 上主音 | D | |
| 3 | 中音 | E | |
| 4 | 下属音 | F | 変格終止のバスになります。 |
| 5 | 属音 | G | 主音へ戻る最も強い引力。終止は V → I で進みます。 |
| 6 | 下中音 | A | 偽終止の着地点です。 |
| 7 | 導音 | B | 主音の半音下 — 主音へ上行解決する義務を負います。 |
ローマ数字(I、IV、V、vi…)は、これらの音度の上に築かれる和音の名前です。ハ長調の V は第5音度 G を根音とする和音 G-B-D を指します。大文字は長三和音、小文字は短三和音です。
音度の番号を使うと、実際の楽譜が読めるデータに変わります。平均律 I 巻のハ長調プレリュード冒頭——鍵盤音楽で最も有名なアルペジオ——は、たった三つの音度に還元されます。
和音と和声
和音は、複数の音を一つの縦の響きとして捉えたものです。ハ長調の三和音は C、E、G から成り、それぞれ根音・第3音・第5音と呼ばれます。和声は、和音が時間に沿って並ぶ流れです。
和声音と非和声音
和声音は、その時点の和音に含まれる音です。ハ長調の C メジャー和音なら C、E、G が和声音です。非和声音は和音に含まれない音です。非和声音も、経過音や掛留のように置き方と解決が整っていれば使えます。
音程と「度」
音程は、二つの音の距離です。この資料では、多くの場合、同時に鳴る二つの声部の縦方向の距離を指します。
「5度」「8度」の度は、半音の数ではなく、音名を数えた位置です。C から G は C-D-E-F-G と数えて5つ目なので5度です。C から次の C は C-D-E-F-G-A-B-C と数えて8つ目なので8度、つまりオクターヴです。(上の音度と混同しないでください。音程の度数は二音間の幅を数え、音度は一つの音が調の中で占める位置を数えます。)
なぜ5度と8度が重要なのか
5度と8度は、二つの声部が一体化して聞こえやすい音程です。二つの声部が並行5度や並行8度で動くと、独立した線に聞こえにくくなります。そのため検証器は、並行する完全音程を構造的な問題として扱います。
音程の名前と種別
譜例のラベルは標準的な略記——種別の文字+度数——を使います。P5、M3、m10、A4 のような形です。度数は音名の数(前のセクション)、種別の文字が半音数を一意に決めます。
| 文字 | 種別 | 対象 | 例 |
|---|---|---|---|
| P | 完全 | ユニゾン・4度・5度・8度 | P5(完全5度)= 7半音 |
| M | 長 | 2度・3度・6度・7度 | M3(長3度)= 4半音 |
| m | 短 | 長より半音狭い | m3(短3度)= 3半音 |
| A | 増 | 完全/長より半音広い | A4(増4度)= 6半音 |
| d | 減 | 完全/短より半音狭い | d5(減5度)= 6半音 |
1オクターヴ分の対応表:
半音数 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
名前 P1 m2 M2 m3 M3 P4 A4/d5 P5 m6 M6 m7 M7 P8注目すべき点が四つあります。
- P1(ユニゾン)は二つの声部が同じ高さで鳴ること——距離ゼロです。
- 6半音には
A4とd5の二つの綴りがあります。どちらにせよ三全音——全音三つ分、F から B までの距離——で、どう名付けても不協和な唯一の音程です。 - 曖昧なのは6半音だけではありません。9半音はふつう長6度ですが減7度(
d7)とも綴れますし、3半音は短3度とも増2度(A2)とも綴れます。MIDI に綴りの区別はありません。綴りの違いが判定を変える唯一のケース——A2は禁止される旋律跳躍でm3は合法——では、検証器が調の音度から綴りを復元します(コース第4章)。 - 複音程は 12 を足します。
M10(長10度)=M3+ オクターヴ(16半音)。検証器は音程を mod 12 で分類するので、10度は3度と同じ扱いになります。
順次進行と跳躍
旋律音程 — 一つの声部が自分の次の音へ移る距離 — は、順次進行か跳躍のどちらかです。隣のスケール音へ移る(半音1〜2個分)のが順次進行で、それより大きい動きはすべて跳躍です。
この区別はルールの中で実際に働きます。不協和な非和声音は順次進行で入り、順次進行で出なければなりません(第3章)。また大きな跳躍の連続は、線が歌える声部に聞こえなくなるため退けられます(第4章)。
無伴奏チェロ組曲第1番の第1小節は、二種類の動きをちょうどこの通りに使い分けています——跳躍は和音の輪郭を描くために、順次進行はそれを飾るために。
協和と不協和
協和は安定して聞こえる音程や和音です。不協和は緊張を持つ音程や和音で、多くの場合は置き方と解決が必要です。
この資料での不協和は「悪い音」ではありません。制御された緊張です。検証器は、不協和が置かれる拍、準備、解決が不適切な場合に拒否します。
声部の動き
二つの声部が次の音へ移るとき、その関係を進行または動きと呼びます。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 並行 | 二つの声部が同じ方向へ、同じ種類の音程を保って動くこと。 |
| 類似進行 | 二つの声部が同じ方向へ動くこと。距離は同じでなくてもよい。 |
| 反行 | 二つの声部が反対方向へ動くこと。 |
| 斜行 | 一方の声部が保持し、もう一方だけが動くこと。 |
進行は二つの時点を比較します
縦に5度が一回出るだけで必ず問題になるわけではありません。並行5度では、前の時点も今の時点も5度で、しかも両声部が同じ方向へ動いている必要があります。
終止
終止はフレーズの終わり方です。調性音楽で最も強い終止の一つは V から I へ進む形です。これは属和音から主和音へ戻る動きです。
I と V とは
ローマ数字は、調の中で何番目の和音かを表します。ハ長調では I が主和音 C-E-G、V が属和音 G-B-D です。V から I への終止は、大まかに言うと「家から離れた状態から、家に戻る」動きです。
全音階的と半音階的
今の調のスケールに属する音を全音階的(ダイアトニック)、スケール外のシャープやフラットで変化させた音を半音階的(クロマティック)と呼びます。バロックの対位法はほぼ全音階的で、半音階的な音は正当化する仕掛けがあるところでだけ許されます。副次ドミナントは半音階的な導音を借りてきますし、短調は第7音度を半音上げます。仕掛けのない半音階的な矛盾が声部間に生じると、対斜として退けられます(第5章)。
フーガの用語
フーガは、主な旋律が複数の声部に順番に入ってくる形式です。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 主題 | フーガの中心になる旋律。 |
| 応答 | 別の声部に入る主題。多くの場合、属調側へ移して出る。 |
| 対主題 | 主題に対して繰り返し添えられる線。 |
| エピソード | 主題提示の間に置かれる、比較的自由な部分。 |
| ストレッタ | 前の主題提示が終わる前に、次の主題提示が重なること。 |
固定素材
一部の形式には、エンジンが固定素材として扱う線があります。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| グラウンドバス | 変奏の土台になる、繰り返しの低音パターン。 |
| 定旋律 | 長い音符で置かれる固定旋律。コラール旋律など。 |
| 保続音 | 上の和声が変わる間、低音などで保たれる音。 |
これらの固定された線は、イベントデータでは "material" として記録されます。生成された支えの音は "compose"、装飾として追加された音は "ornament" です。
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このページは対位法コースの第0章にあたります。続きは第1章 音程と協和です。
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